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― 第6章 堕落の星【魔導師】2 ―

2023/09/01
文字数:2187文字

「わらわじゃ」
 何処からか声が響いた。
 一瞬私たちは身構え、また辺りに目を凝らす。

「あっ」
 私は一瞬息を飲む。
 銀の木の幹の辺りに人の顔が浮かんでいる。
 それはとても不気味で銀色に煌煌と光っていた。
 闘華もそれに気づいて動きを止めた。

「どうした?ああ、この姿が気に入らぬか?」
 するとそれは、木の中に沈み込んでゆく。
「これならどうだ?」

 壁から人の形が出てくる。
 それもやっぱり全身銀色。
 それはスルスルと床を擦るように私たちの前まで移動する。

「ようこそ、サギラの街へ。わらわは紗瑠夢シャルム
 後ずさりをしながら、私はぎこちない笑顔を作る。

「あっと、私は…」
「キヨ、と言ったか?そちらがトウカ?」
 まだ何も言わないうちに、私たちの名前を当てた。
「どうして?」
「たいした事ではない」
 笑いを含む声でそれは言う。

「座らぬのか?」

 椅子を指して紗屡夢は聞いた。
 チラリと闘華に目をやると、まったく別の方向を向いていた。

「いや、このままでいい」
 こちらを見ずに彼女は言った。
 赤い瞳が微かに揺れた。

「それよりも、この歓迎について知りたいね」
「たいした事ではない」

 すっと銀の指先が私たちを指す。


「そなた達、人は邪魔じゃ」


 冷たい声がリンと部屋に響いた。
「人はこの星を死の星にしておきながら見捨てた。
 わらわは人に忘れられたもの。過去の残影」
 クスクスと狂気じみた笑いが口元から漏れる。

「星を捨てなかった人もいたはずじゃないの?だから、この街があるんでしょ?
 そんな人たちは何処へ行ったの?」

 私は思い切って疑問をぶつけてみる。
「何も知らぬのな小娘。この街は人で溢れていおるではないか。
 ほら、どの建物も眠り人でいっぱいじゃ」

「眠り人……?」
 この街に入った時のように背筋が凍えた―
「ドリームボックス。永遠の夢。楽園の時間を終わり無く過ごす。
 たしか、数十年前に発売禁止になった問題商品。それは―死ぬまで夢を見させる―」

 険しい表情で闘華が説明する。
「ほぉぅ。知っておるのか?」
「そしてここのは。プラス永遠の生命付き……か?」
「あたりじゃ。勘がよいのう」
 確かに不老不死の仕組みは解明されつつあった。

 だけどそれには思考の停止と言うリスクがつく。
「…嘘。だってそれじゃあ、ここにいるのは」
「人じゃないな。永遠に夢をさまよう人型」

 死んでいるも同然だ。
 与えられる夢の中で何もせずにただ行動する。
 痛みも苦しみも無い世界。
 だけどそれは同時に楽しみも喜びも無い世界。


 それで生きているって言うの?


「無駄話が過ぎたかのう?」
 部屋の雰囲気が突然変わった。
 何処がどうと言うより、空気が重くなった感じがする。
「…私達も殺す気か?」
 闘華が赤い瞳を爛々とさせていた。
 こんな時の闘華は何を仕出かすか分からなくて怖い。
「そうじゃ。そなた達の力を手に入れれば残るは1つ。
 長かった永遠の刹那が終わる。それに―」
 いったん言葉を区切って銀の体がすっと一歩後へ下がった。

「……わらわ達は殺しあう定め。それからは逃れられぬ!!」

 すっと壁の中に銀色が溶け込み、同時に部屋の壁が迫ってくる。
「押しつぶす気!?」
 闘華の叫びが聞こえる。
 入り口は最早なく、銀の木が壁が大きく膨らんでゆく。

 !!

 風を感じない。ううん、火も水も使えない。
 街に入った時の違和感はこれだったんだ。
「力は使えぬ。この結界の中ではな」
 あざ笑うかの様な声が聞こえる。
「キヨ!!」
 闘華が私の手を握る。
「どうしよ。ねえ、このままじゃ」
「大丈夫。いい、合図したら天井から風を呼んで」
 迫って来る壁はもう私たちの周りを取り囲んでいた。

「いくよ!!」

 パアン
 何かが砕ける音と共に風が私たちをさらった。


 気がつくと足元には巨大な光の街。
「さて、どうしようか?」
 隣で闘華が小さく呟く。
「たぶん、街全体があいつの体だと思う。
 だから、私たちの場所も名前も知っていたんだろうと……」
「街全体?でかいよ」
 私は眼下に広がる建造物を見つめる。
「だから、どうしようかって。大地の力で潰すのは良いけどあれだけ大きいとちょと。
 ねえ、風と火と水って同時に使える?」
「やった事ないけど、それに自信もないし」
 戸惑っている私を尻目に、闘華は続ける。

「あの街の地盤を陥没させれば結界は解ける。
 で、風を火で煽れば街全体が火だるまになるだろう。
 もし生きてる機械があれば水を使えば良い。OK?」

 さすが闘華……街全体を容赦なく潰す気だ。
「じゃ、残り少ない事だし、さっさと片付けようか」
 さらりと言って闘華は街をクレーター状に陥没させる。
「ええ?残り少ないって??」
「気にしない。気にしない。さてと後はお願いね」
 ニッコリと笑う闘華。

 いきなり沈んだ大地に建物のほとんどが倒壊している。
 これだけでも十分のような気が……
 私は神経を研ぎ澄ませ水を街に侵入させる。
 機械類の配線を伝い広がる雫。
 ショートした火花をより大きな炎へと変化させ風で煽る。
 街は一瞬のうちに赤々とした光に包まれた。


「綺麗」
 傍でうっとりと闘華が呟いた。
 人のいない人工的にな街にパチパチと残り火がくすぶる。
 町の入り口で私達はそれを見つめていた。

 『どうせこれも永遠の刹那。生き残るのは……一人…のみ…』

 街から響く声は掠れて消えていった。

 そして―
 無機質な文明の残り香が消えようとしていた。




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