文字数:2147文字
バシャン パシャ
水がはねる。
その中に深織がいる。
深織は今日も、海で泳いでいる。
それを浜辺で見ている僕。
綺麗な深織。
水が深織の周りでキラめく。
やさしい時間が、ゆっくりと進んでゆく。
「カ――イ」
深織が、海から上がってきた。
「何ボーとしてるの?」
クリンとした大きな目で僕をのぞき込む。
「別になんでもないよ」
「そう?」
深織は、髪を拭きはじめる。
「もう戻ろう。風が冷たい」
そう言って、僕は家のほうに歩き出した。
―――――・・・ミ・・・・――――
海の向こうから声が聞こえたきがする。
誰かが僕を呼んだ?
―――――――――
振り返ろうとした時
「カイ!!」
深織が僕に抱きついてきた。
「行かないで!!ずーとここにいて」
え?
「深織、何言って・・・」
深織は、いっそう強く抱きついてきた。
「どこにも行かないでっ!!」
こんな深織は、初めてだった。
いつも、明るくてやさしい深織。
今は、子供みたいに泣きじゃくっている。
「大丈夫だよ。どこにも行かないから」
僕はなだめるように、そう言った。
それでも、深織は僕を抱きしめたままだった。
「大丈夫。ここにいるから。どこにも行かないよ。どこにも・・・」
何度も深織に、そう言い聞かせる。
繰り返し・・・ 繰り返し・・・
気がつくと深織は、僕の腕の中で眠っていた。
僕は、深織を抱いて家に戻った。
静かな水の中のような時は、いつまで続くだろう。
――――――
今夜は、眠れない。
ザ――ン ザザッ――ン
遠くで波の音が聞こえる。
部屋の中は暗く、何も見えない。
夜の静寂が辺りを包み込む。
カタン
障子戸が開いて、深織が入ってきた。
深織の手に光るものが見えた。
「眠れないの?」
深織が僕に聞いてきた。
「深織も?」
僕は聞き返す。
「うん」
しばらくの沈黙。
目が暗闇になれてくる。
「殺さないの?」
僕は深織に聞いた。
深織はたぶん、僕を殺すためにこの部屋に来たんだ。
深織が驚いた顔を上げる。
動揺した瞳を僕に向ける。
そして、静かに銀のナイフを持った手を、振り上げる。
その手が、震えているのがわかる。
あの『夢』のように
ザン
波の音と同時に、僕に向かってナイフを・・・
――――――――――
ナイフは僕にはあたらなかった。
「行かないでほしかった」
深織が泣いているのかと思った。
「どこにも行かないって言っただろ」
顔を上げた深織は泣いてなかった。
「戻っていいよ」
一瞬、深織が遠くに見えた。
「深織?」
行かないって言っているのに。
「気がついてるんでしょ?」
僕の目をそらさずに、じっと見つめる。
「何を?」
深織の言っていることがわからない・・・
―――キィィ――――ン
頭が、痛む。
なんでこんなときに・・・
「ほら、呼んでる」
誰が?
――――――マ・・・・・・ミ・・・・・・――――
人の声?
「聞こえるでしょ?」
―――― マ ・ サ ・ ミ ――――――
まさみ?
「誰のこと?知らない」
誰の名前?
「思い出したくないの?」
記憶の中に、そんな名前があったような・・・。
「あなたの名前よ」
え?
私の?
――――――――――!!
・ ・ ・
わたし?
「王子様のふりをする必要なんかないのよ」
深織は静かに私を見つめる。
「だって、あなたは女の子だから」
あ・・・
記憶が、つながる。
私は記憶を失っていたんじゃなくて、消していたんだ。
そして深織は、私の――
「もう大丈夫でしょ?」
深織が笑って、そう言った。
深織は、最初から知っていた?
涙の雫が落ちる。
「深織、ごめん・・・」
私は、戻らなきゃいけない。
ゆっくりと進む時が、ずーと続けばよかったのかもしれない。
「うん。わかってる」
深織の姿がかすむ。
静かな時は、これでおしまい。
「でも、私がいなくなったら、ここは?」
深織は、わかっているの?
身体が、水の中のように重くなる。
「ここは、最初からあるはずのない世界だったのよ」
少し悲しげに答える深織。
記憶が元に戻った私はもう、ここにいることは出来ない。
「バイバイ、深織。楽しかった」
ゆっくりと身体が沈んでゆく。
深織の姿が、水の泡になって溶けてゆく。
そう、まるで『人魚姫』のように・・・。
コポ コポポッ
水の音が響く。
―――――― バイバイ カイ ―――
魔法が解ける。
『記憶と引き換えに、永遠の夢 を見せてあげよう
ただし・・・・・―――
記憶が戻れば、すべてが元に戻ってしまう』
――――――――――!!
目が覚めた。
誰かが、私を覗きこんでいる。
「雅深 !!目が覚めたの」
私の名前を叫んでいるのは?
「お母さん?」
なんだか懐かしい声。
ここは?
白い天井が見える。
あたりを見まわしてみる。
壁も白い。
病院?
「私、何でこんなところに?」
「崖から落ちたのよ。覚えてる?」
崖?
そういえば・・
「あなた、3ヶ月も眠っていたのよ」
3ヶ月?
そんなに・・・。
なんだか長い夢を見てたような?
「医師 を呼んでくるから待っててね」
お母さんは病室から出ていった。
開いた窓から、波の音が聞こえる。
―――――ザア――ン ザザッン ――――――
どうしてだろう?
波の音が懐かしい。