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― 眺める樹 ―

2023/09/03

23:眺める樹

文字数:約634文字
 虚無と雑音と大空。
 その向こうまで― 往けますか?

――――――――――――†―――――――――――― 

 雑音にかき消されて、その声は届かない―

 小さな声で必死に伝えていた。
 誰にも聞こえない微かな声。
 人々は足早に通り過ぎ、私には目もくれない。
「助けて、誰か」
 絶え間ない人並みが寄せては返す。
「誰か……」
 見えない目で大空を見上げても、そこには闇が広がるばかり。
 小さな箱の中。
 生まれてこのかた、ここ以外を知らない。
 母親のぬくもりは記憶に薄く、共に暮らした兄弟の声もはるかに遠い。

「捨てられたのか?」
 声が頭上で響いた。
「捨てられた?」
 私は考える。何故、そうなったのか。
「誰も君を引取りには来ないじゃないか」
「わからない」
 私に何の落ち度があったと言うのか。
「君の目は見えないんだね。だから、人は厄介なものを捨てただけ」
「私の目が見えないのは、私の所為じゃない。
 これは人の子が私の目を傷つけたから」
「人は、そういうものだよ。人で無いなら傷つけても構わない。
 だって、それは人ではないから」
 冷たい雨がパラパラと落ちてきた。
「知らない。そんなの知らない!」
 泣きたいのか、それとももう泣いているのか……
 頬を雫が伝う。
「誰も君を見ない。君の声は聞こえない。だって」
 暖かな時間は短すぎて、思い返すには小さすぎる。
 待っていたわけじゃない。
 明日の自分さえ分からない。
 それでも声は届くかもしれないと―

「助けて」
『ニャ―』

『伝わらないよ。だって、人じゃないから』
 大樹の下、小さな猫が鳴き続けてた。




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