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― 雪狼の森 ―

2023/09/03

25:雪狼の森

文字数:約698文字
 白い小さな結晶の舞。
 どこかで誰かが― 呼んでいませんか?

――――――――――――†――――――――――――

 風の音しか聞こえない山奥。
 雪の舞う季節、あたり一面の白い空間。
 その場所に小さな叫びが聞こえてくる。
 いいえ、正確には私の頭の中―

「誰か、呼んでる」
 呟く声は風に遮られ、聞くものはいない。
「行こうか?」
 首をかしげ問うように傍の真っ白な狼に聞く。
 グルルッ
 擦り寄ってくるその体にまたがり、空を舞う。

 呼ぶ声は白い雪に半分埋まった少年だった。
 がちがちと震える声で必死に「死にたくない」と訴えていた。
 雪山は彼を飲み込まんと風をたたきつける。
 雪狼は人に姿を見せない距離で隠れた。
 私は傍に立っていた。ただ、立っていた。
 彼が立ち上がるのを待っていた。
 やがて彼は私に気づき、必死に私に手を伸ばし助けてくれるのを待った。
 だけど、助け起こしてくれないと判ると自分の力で立ち上がった。
 彼の目は半信半疑だ。
 私が生死の境をさ迷う彼の幻にでも見えるのだろう。
 私は何も言わずにすっと離れる。
 彼は暫く立ち尽くしていたようだが、暫くすると重い足を引きずって私の後に着いてき た。
 私に触れそうになった時、私はまた離れる。
 それを繰り返し繰り返し、やがてふもとの光が見える場所まで来た。
 
 そうして彼は安心したかのように、そのまま倒れた。
 生き残る力が無かったのだ。
 グルルッ
 雪狼が傍に来て頬擦りをする。
 それは食べてもいいかと問う合図。
「いいよ」
 白い白い雪に赤い赤い血。
 雪が全てを見つめて舞い狂っていた。

「帰ろうか?」
 雪狼が喰い終わったのをみて私は聞いた。
「うん」と言うように雪狼は私を振り返った。

 帰る頃には雪は止んで、残るのは弱者の躯―




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