文字数:602文字
4【迷い路 】
ゆらり……と足が揺れる。幼かった私は、それが何なのか分からなかった。
後から知った。
それは、死んでしまったおにーちゃんだったと。
***
声なき声に起こされる。
「おはよう」
おにーちゃんが私に笑いかける。
それが幽霊なのか錯覚なのか、私には判断がつかない。
だから、いつもその声には返事をしない。
***
「ねぇ。今日、遊ぼうよ」
友達が、私を誘った。
その日、私は何も考えず、いつもの通り「いいよ」と答えたのだ。
「今日、楽しかったねー。またねー」
日は傾いて、辺りは夕焼け空。
トモダチの家からの帰り道。
いつもの分かれ道で私は立ち止まっていた。
「こっちから、帰ろうよ」
おにーちゃんの声が、左の遠回りの道を示す。
いつもなら、迷わない道。
いつもなら近道を行く。
危ない道ではないし、わざわざ遠回りをする意味はない。
「こっち」
なのに、私はおにーちゃんの声に迷ったのだ。
私は道の先を見つめる。
なぜ、そう思ったのか。
自分でもよく分からない。
遠回りの道の先が黒く見えた。
ざらりと嫌な予感が胸をざわつかせた。
私は遠回りの道を選んだ。
そして、木の下で再び立ち止まった。
声なき声が聞こえる。
ゆらり……。
どこかで見た景色と重なる。
どれだけそうしていたのか。わからない。
私は走って家へと向かっていた。
次の日、母が私に聞いてきた。
「あんた、あの日、あの道は通らなかったでしょうね?」
「通らなかったよ」
嘘をついた。
あの日からおにーちゃんの声は聞こえない。
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